2014年06月

2014年06月24日

象牙海岸

『ヨッシーnewアイランド』(だっけ?)のPVを見てると、スーファミのやつマンマやんかーと思ったけど、デカいタマゴで壁やら土管やらを破壊しマップを蹂躙する様はめっちゃ気持ちいい。

が、マリオ新作あるあるというか、気持ちいい要素が組み込まれたマップは意外と少ない場合が多いので…過度な期待は禁物ということに。

にしてもヨッシーアイランド、安定感ハンパじゃないですね。

2014年06月07日

あたしと僕のこれから

先日「高校の同窓会について」と思われるメールが某氏から届いた。”思われる”というのはメールのテキストがmojibakeしていていて訳分からんからである。

それでも件名とテキスト内の半角英数字(日時・連絡先など)は文字化けしないので要領を得ているのは流石と言うか。行く予定はありませんが…。

高校を卒業してからというのは本当にいろいろあったのでこれからはhappily ever after…といきたいところなのですが、当たり前のようにそういうわけにもいかないので「誰しもそんなもんだ」と考えるか「そういう星の下に生まれたのだから受け入れるしかない」と考えるか、どっちでもあんま変わらん。

結局受け入れていくしかないのだから、その上で振る舞い方、自分たちの所在を少しずつ確かめながら、環境に適応していくのが、割とベターな気がしています。

なんか人生で一番センシティブになってる気もするけど、そういうところもひっくるめて、これからどうなりたいのか、誰を幸せにしたいのか考えると、そんなに複雑じゃないのです。

「あの時もっと上手くアクションできていたらな…」と思うことばかりですが、そんな高校時代はとっくの昔。

2014年06月05日

つながりかた

 例の件に絡んだ理研の調査委員会の公開されている議事録に「日本における研究と社会のつながりが希薄さ」がコメントとして挙っていて、人文科学と社会はつながりが希薄と個人的に(というより人文の人たちはほとんど)思っているけど、自然科学でもそういう認識は暗黙なものとしてあるんだろうなって思った。

 ここでいう社会っていうのは「研究が技術をプッシュする」という意味合いの社会ではなくて、いわゆる世間のことを示しているんだと思う。

 「世間が研究に無関心である」というのもある気がして、どんどん経済というか・・・カネ的なもの、あるいは家族とかコミュニティ的なものに対してより強い関心があるような雰囲気を感じます。どちらが良いとか悪いとかではなくて、やはりバランスのとれたプロポーションでないと歪んで見えるのでは無いかと思ったりします。

 研究っていう言葉が敷居を高くしているのか・・・「誰もやってないことをやりたい」 ってのは誰しもあるんじゃないのかなぁ・・・とMTVでやってたoasis晩年のライブ映像を観ながら思ったのでした。

 普遍的なロックこそ今の時代来ると思うんですけどね・・・新しい人たちが誰もやってないとこなんじゃないの。

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