2017年07月31日

けがれ

 Amazon プライムビデオで『カリギュラ』というオリジナル番組が配信されていて、個人的にはちょっとムカつく番組なのですが、そこで「東野幸治が狩猟(ハント)に参加する」コーナーがあって、実際に鹿を撃ち殺して解体するところを映像化していて。

 そこでハンターが「本来"死"は身近にあるものなのだが、現代社会ではそれを隠して見てみぬ振りしている」ということを言っていて、感銘を受けたのでした。

 穢れというか…もともと畏れられていた事物は多神教において、神々とされるものごとは、神格化することで知覚されていたのだけど、それすらケからの区別化であって、まして気付かないフリをして無関心であっては、ならないと。

 無関心であっても、日常に存在しない(存在するけど気付かない)から、忘れがちなのだけど、世界が様相を変え、それが顕現したとき、振舞い方すら分からないと、乗り越えることができない。

 たとえば、震災であったり身近な人を喪ったりした時。

 見えているもの、手の届くものに対して、素直でありたいなぁと思いました。

unvisible_man at 21:49コメント(0) この記事をクリップ!

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